小・中までは平気だったのに高校大学になったら学校でうまくやれなくなった話(不注意型のADHDについて)

小中までは、勉強にも部活にも打ち込めたりして、楽しくやれていたのに。
高校に入ったくらいから、打ち込んだり頑張ったりもできなくなって。
学校でもうまくやれなくて、行きたくなくなってしまった。
行くことがつらいし、すごく疲れる。
授業にも集中できないし、何をやってるのかよくわからなくなった。
学校に行くこともつらいし、自分が頑張れてないことも、実はつらい。

上のような苦しさは、高校生・大学の主に女子学生から多く聞かれます。

これまでもこのブログでADHD(発達障がいのひとつ)のお話を書いてきました。

ADHDには、小さいときから目立つものと、高校生ぐらいになってから目立って来るタイプとあります。後者は、動き回ってしまうような多動性・順番が待てない、考える前に手が出てしまうなどの衝動性は薄く、注意を持続させることが難しいと言われる、

「不注意型」

、のものです。
そして上のような苦しさを抱える学生は、不注意型のADHD傾向を有していることが多くあります。

小さいとき、小学校、中学校の多くは、
・時間割もかっちり決まっている。
・一緒に過ごすメンバーも固定。
・教室や座席もほぼ同じ場所。
・行動範囲も狭く、やることもルーティンが多い。
・持ち物なども同じクラスの子たちは大抵同じものを、同じタイミングで持って来ることになる(周りをみて行動すれば大丈夫なことが多い)

とにかく、生活ややるべきことがはっきりとしていてわかりやすいです。

シンプルであり、「ルーティン」や「パターン」で理解できます。決まりきった毎日なので、気を張ってなくても安定して過ごせます。

しかし、高校生以上になってくると、
・時間割もひとりひとり違うことがある。
・時間割が変則的になることも多い。フレキシブルなことが増える。
・自分で決めないといけないことが多い。煩雑になる。多くのことから選ばないといけない(情報が多い)。
・時間割などが違うこともあるので、まわりの子を見て動いてもうまくいかなくなる。
・使用する教室も科目によって違うことが増える。
・席順も自由なことが多い。日によって座る場所が違ったりする。
・同じクラスメイトとずっと過ごすわけではないので、その場その場での人づきあいが必要になる。

このように「情報量」も「自身で選択しなければいけないこと」も、
「ルーティンやパターンで理解しきれないこと」も、急増します。

これは、定型発達の学生にはなんら苦にならない増加かもしれませんが、
(むしろ、自由で嬉しいかもしれませんし、自分で選べる喜びもありますね。)
不注意型のADHDのある学生には苦行のようなものです。

 

生まれつきの脳みそのクセで、周囲に注意を向け続けることに苦手さを持つ学生らです(強みや魅力もたくさんあります)。

常に気を張って大量の情報を処理しながら、学校生活を送るのですから、

疲れもしますし、

疲れれば、注意がスポッと抜けて、忘れ物もするでしょうし、

期日をうっかり忘れることもあるでしょうし、

情報の多さに、ボーっともすることもあるでしょう。

今は何の時間か混乱してわからなくなることもあるかもしれません。

 

部活や好きなことに打ち込める余力が残らないのは、想像に難しくありません。

 

ですから、何かに打ち込めないことを「前はできていなことができなくなった」「努力不足」「頑張ってない証拠」「怠慢」のようには、どうか考えないで下さい。

学校に通っているだけで、中学で何かに打ち込んでいた以上の労力を使っているのですから。

家に帰って宿題ができなくても、中学のときはできていたなら、怠けていると思わないで下さい。怠けているのではなくて、宿題をやる分の元気も学校で使ってきてしまったのです。

学生さんは、まず、自分自身を責めるのはやめてみて下さい。

「疲れてしまってできない」だったらどうしようかと建設的に考えれば良いだけのことです。悲しむことは、きっとありません。

相談できる人や、支援者が身近にいないときには、ぜひ当オフィスもご利用ください。

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